Sommelier- 連載3(後半) 美術オークションの舞台裏
一般社団法人日本ソムリエ協会が発刊する会報誌にオーナー井村による7回の連載を掲載:第3回目(後半)
一騎打ちの結末
そのなかで私にとって一生忘れられない出来事があります。
超銘品が出品されるという情報をキャッチして、ニューヨークへ飛びました。オークション会場には、日本の美術界の重鎮の顔がありました。その作品は準国宝レベルですが、傷が口元にあったのです。もし傷がなければ2500万円以上だが、傷があるから上限800万円と腹を決めました。
オークションが始まりました。100万円位からスタートし、10%ずつ競り上がっていきます。最初は多くの人が手を挙げていましたが、500万からはその重鎮と私との一騎打ちになりました。自分の中では800万をボーダーラインと決めていたにもかかわらず、はっと気づいたら、なんと2000万円近くまでに競りあがっている!
まんまと名オークショニアの危険な罠に陥ってしまったのです。ビッグセールでハンマーを持つオークショニアは落札者側の心理状況を瞬時に読み取る天才たちです。一騎打ちになった瞬間から、競りが猛スピードで煽られ、こちらは「負けるものか!」と頭がかーっとなり冷静さを失う。心臓がバクバクして冷や汗が流れました。相手も、青二才に負けてたまるかというプライドがあったでしょうし、私も反骨精神で負けるものかと思っていました。
しかし冷静さを取り戻し、さすがに2000万円は高すぎると思って、指をおろし目を伏せました。結果その作品はその美術商が落札しました。私のなかでは高い買い物をしなくてよかったと安堵したというのが正直な気持ちでした。
後年、美術館からの注文で、柿右衛門、古伊万里の逸品を集めてほしいという依頼を受けました。私のところではコレクションをしていない時代のもので、考えた末、そのクラスをコレクションしているところは日本ではおそらくあのお店のあの人物しかあるまいと思って、訪問の約束をさせていただきました。 実はそこはニューヨークで一騎打ち勝負をしたあの重鎮の店でした。ニューヨーク以来、ほぼ20年ぶりの再会…。その重鎮と対峙したとき一瞬にして、あの真剣勝負の場面が蘇りました。ピーンと張りつめた空気感、相手の息遣いさえも。
「あのオークションがあったからこそ今の自分があると感謝しています」
と、私は自分の正直な気持ちを言葉にしました。
その時横にいた番頭が目の前に焼き物をひとつ置きました。この作品について、いつ頃の物で、誰の作品なのかはお互いに全く言葉にはしません。実物は見たことはありませんが、本で見たことのある九~十代柿右衛門の染付でした。
「どうですか」
「素晴らしいですね。おいくらですか?」
値踏みの難しい珍品にも関わらず、相手の提示した額は、高過ぎることもなく、安くもない…絶妙の金額でした。
「いただきます。」
この数分のやりとりが、実は本題に入る前の互いの「目筋」を確かめ合う勝負の場でした。相手がどのぐらいのレベルなのか、そして世間の相場をどのぐらい熟知しているか、美術商としての力量を探り合うわけです。相手が私にとってとてもほしいものをズバリ出してきたし、しかも提示した値段も絶妙。ある種、プロがプロに仕掛ける試験のようなものです。
その後、自分にとって驚くべき事態が起こります。
焼物が4、5点、自分の前に出されました。知識はあっても実物はこれまで見たことがない銘品の数々。世界に何点もない素晴らしいもので、その重鎮は素晴らしい出来ゆえに、売らずに自分の手元に大事に置いておいたと思われる貴重なものでした。普通は「目垢が付く」といって絶対に同業者には見せないものばかり。しかもそれを今までなんら取引きのなかった自分に託してもいいと。
これまで私がやってきた仕事を評価してくれていたんだと。目の前の作品が自分の美術商としての評価だということに心が震えました。かつてはだれにも相手にされなかった若造に、こういう形で見せてくれたその男気と粋さに深く感動した出来事でした。
今回は美術オークションの舞台裏を少しお話ししましたので、次回は一呼吸おいて、食を通してオールドバカラの作品について語りたいと思います。
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京都美商ギャラリーは、1961年に京都下鴨で創立した西洋アンティーク・肥前磁器の専門店です。長年蒐集をしてきた経験をもとに、オールドバカラやオールドフランス、古伊万里や柿右衛門などを取り扱っております。量産品ばかりの近年では見られなくなった職人技、手作りの温かみの魅力をより多くの方に身近に感じて頂きたいと考えています。
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