京都美商ギャラリー 京都美商ギャラリーは、1961年に京都下鴨で創立した西洋アンティーク・肥前磁器の専門店です。長年蒐集をしてきた経験をもとに、オールドバカラやオールドフランス、古伊万里や柿右衛門などを取り扱っております。量産品ばかりの近年では見られなくなった職人技、手作りの温かみの魅力をより多くの方に身近に感じて頂きたいと考えています。

Sommelier- 連載4 日本料理とバカラの器

一般社団法人日本ソムリエ協会が発刊する会報誌にオーナー井村による7回の連載を掲載:第4回目

ソムリエ-(4)

器から感じる料理人の思い

 

バカラの箸置き

 

先日、京都のとある料理屋さんに初めて行きました。予約がとてもとりにくい名店という評判を耳にはしていたのですが、これまで訪問のチャンスに恵まれず、今回友人からの誘いで初めて伺うことができました。私は仕事柄、料理の器には並々ならぬ関心があり、器は日本料理の大きな楽しみの一つだと考えています。そして名料理人ほど器へのこだわりが強く、器選びには料理人の想いが色濃く投影されます。料理と器の合わせ方を通し、料理人の想いや意図を汲み取ったり、あるいは遊び心や粋な世界に触れることができるのです。ですから、たくさんの器を必要とする日本料理の世界において、器は決してないがしろにできない要素であり、そういった意味では食べ手に知識があったほうがより楽しめる世界かもしれません。

 

このお店はカウンター8席、個室1部屋というこぢんまりとした規模のお店でカウンターの店主がお料理とお話で客人をもてなしてくれます。

 

席にはバカラのナイフレストを箸置きに見立てたものがセットされていました。京都では料理屋さんでバカラの器が使われることはそれほど珍しいことではありません。日本料理の侘び寂びをシックな磁器で表現する手法とは逆に、バカラの器を使うことで華やぎを添える手法です。日本料理の世界にフランスで生まれたバカラの器を合わせることは、違和感を覚えるどころか、優雅に融合して私はとても素敵な組み合わせだと思います。

 

この日はすっぽんのゼリー寄せがオールドバカラの蓋物に入って登場しました。

すっぽんのゼリー寄せ
すっぽんのゼリー寄せ
春海好みの蓋物

               

しかも春海好みの蓋物です。この「春海」とは大阪の茶道具専門の美術商「春海商店」のことを指します。三代目・藤次郎が親類から欧州土産としてバカラの作品を受け取ったことをきっかけに、春海商店はバカラ製品に魅了され、輸入を開始します。茶人でもあった藤次郎は、輸入したカットや金彩の美しいバカラ製品を多くの茶人にも提供していました。しかし欧州の広い部屋に合わせてデザインされたバカラは日本の狭い茶室や座敷にはそぐわなかったため、やがて藤次郎は自らデザインしたものをバカラに特注しました。今日ではそれを「春海好み」と呼び、料亭や茶道の世界で使用されています。

           

店主のバカラ使いは、料理の域を超えて、まるで芸術的な風情でした。陶磁器では緑釉の美しい瀬戸や織部の器も素晴らしく、すべてを堪能できた一夜になりました。

 

 

お茶の席で水差しとして使用されたオールド バカラ 春海好みの作品

春海 籠目文鉢 1919年
オールド バカラ春海好み
籠目文鉢 1919年

ダイヤモンドを思わせるような美しいカット。当時、高級なものは茶道具として使用される習慣があり、春海好みの作品は、初めてお茶の席で使用されたクリスタル作品です。

              

春海 霰文桝形鉢 1900年
オールドバカラ 春海好み
霧文桝形鉢 1919年

中国・清時代に作られた万暦年製角鉢の倣製品の形。美しい霧文のカットは和室でも強く光を放ちます。

          

器による景色の違い

 

フランス料理もイタリア料理も美しく、目を楽しませてくれますが、日本料理はさらに器の選び方の違いにより、料理がまったく違う景色に見えます。

          

たとえば、鮎の塩焼きを器に盛ってみましょう。串焼きの鮎はまるで川で泳いでいるかのように身が波打っています。その身を有田焼の流水文様の上に乗せるとどうでしょう。鮎が川の中を優雅に泳いでいる景色が完成します。京焼では涼しげに、備前焼や伊賀焼の上では力強く、瀬戸焼や美濃焼ではたおやかに。西洋料理では皿をキャンバスに見立ててその上に料理人の世界を描きますが、日本料理は皿を背景として使います。そのため、料理に合わせて様々な皿が登場するのです。世界中、どこを探してもこんなことができるのは日本料理の世界だけではないでしょうか。

                           

日本料理ほど数多い器の種類を使い分ける料理人はいません。器は洋服と同じで、どんな器に盛ってどう見せるか、素材により、季節により、あるいはお客様により、縦横無尽に料理人は器を使い分けます。ですから、食べ手としては料理人が何を考え、どう見せたいのか、何を感じてもらいたいのか、そこがわかると、日本料理を何倍も楽しむことができます。それはまるでお茶席と同じです。床の間のお軸やお花、そして選ばれた茶碗などの茶道具から、その席の亭主のもてなしの心を推し量る。あえて説明がなくてもそれがわかるようになればよりいっそう心豊かに楽しめるはずです。

            

春海 蓋物 1900年
オールド バカラ 春海好み
蓋物 1900年
懐石料理で用いることを前提とし、春海商会がバカラ社に注文したもの。形は日本の塗椀をイメージしており、今でも料亭で愛用されています。

                 

よい店の見分け方

                 

京都の料理屋さんにもいろんなスタイルがありますが、食べ手の技量と知性が試されるのはやはりカウンターのお店でしょうか。カウンターの中の料理人と食べ手とのキャッチボールがあり、それが食事の最初から最後までライブ感覚で繰り広げられます。食べ手は料理人が目の前で料理を作るプロセスを目や耳といった五感の全てで楽しめます。

          

一方で、料理人は目の前のお客様との会話や食べ方の様子を見ながら、何をすれば喜んでもらえるかを常に先読みしカウンターに立っているわけです。カウンター席が8人か9人となるのは、料理人の目配りができる範囲となるわけです。京料理店ではこの席数のカウンターのお店が多い理由はここにあります。

             

ただし、席数が限られている店がすべてよい店とは限りません。あくまでこれは私見ですが、いい店は入り口でわかるように思います。玄関は水うちがされていて、すっきりと整えられたしつらえの中、季節の花が迎えてくれる。その入り口の美しさに、そのような店主のおもてなしの心がにじみ出ていると思います。そういう店は素材に、料理に、器に気を使っていると思って間違いありません。

 

菓子の皿
春海好みではないのですが、オールド バカラの皿に菓子が盛られています。
涼しげな雰囲気が漂います。

                          

美術品で心を磨く

 

このような店主のもてなしの心を推し量る方法のひとつは、器の知識をもつことかもしれません。ただし、その知識を生かすためには、作り手の立場になって考える力が必要となります。これにはおすすめのトレーニング方法があります。

 

私は長年、美術品を眺めることをしてきた習性から、どんなものを見ても、そこに作り手の心を推し量る癖がついています。たとえば、たまたま手土産でいただいたクッキーの箱がとてもおしゃれだったとしましょう。そうすると私はその箱をじっくりと眺めながら、なぜこういう箱のデザインにしたのか、なぜこの色彩なのか、なぜこの文字の書体なんだろうか……とあれこれ考えます。そう考えていくと、この箱はラッピングを開けたときに、こう見えたら楽しいなと思ってほしかったんだというようなことが見えてきます。優れたものであればあるほど、作り手の知恵と工夫が感じられて、最終的には「なんてありがたいんだろう」と感謝の気持ちがふつふつと湧いてきます。

 

これが私流のモノの見方です。この長年の習性は、日本料理で器を見るときもプロセスは同じです。目の前で自分のために料理を作ってくれる店主に感謝の気持ちが溢れてきます。

 

世の中では、今、AI関連の報道がされています。もちろんAI時代がくるのは必然性があり、AIを生かした未来は楽しみではありますが、その一方で、より重要になるのは、目には見えない人の心や想いだと思っています。心で想い、気持ちを表現することこそ人間にしかできないことであり、その五感を養う上で美術は重要な役割をもっていると思います。私は美術品を通して知識と経験を磨くことで五感が磨かれていくと信じています。自分の心が潤うことは人の心を潤すことだと思うのです。ですから仕事の専門分野とは違うことを学ぶことも大事なことかと思い、今回はこういう話を書いてみました。

 

 

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